無料ブログはココログ



  • madeonamac.gif

    Mac、Macロゴは、米国およびその他の国で登録されているApple Computer, Inc.の商標です。Made on a MacバッジはApple Computer Inc.の商標であり、同社の許可により使用しています。


  • Total
    Yesterday Today
    counting since 14 Nov. 04

気になるBlogs



  • WWW を検索
    Solid Days 内を検索

2006.02.06

思わぬ出費

金114,975円也

先週郵便局に振り込んだ額。と言っても、買い物をした訳じゃない。

ある日の朝、いつものようにバイクで通勤。信号待ちの車の横をすり抜けようとしたところ、バランスを崩して立ち転け。去年の夏にバイクに復帰してから初めての立ち転けだった。単に転けただけなら良かったのだが…

転けたのが車道側。停車していた車にぶつかってしまった!!
もちろん、相手の車にはキズが。

一応警察を呼んで事故の処理はしてもらった。
だが、まずいことに俺は任意保険に入っていなかった。
以前バイクに乗っていたときは、周りは学生ばかりでみんな任意保険には入っていなかった。その時の頭があったもんだから、今まで入らずにいたのだ。

で、結局弁償すると言うことで支払ったのが上の額。バンパーが交換と言うことで、ほとんどがそのバンパー代。カラーバンパーが高いものだというのは自分の車を修理しようとしたときに知ってはいたのだが(T.T)

今回は学生時代の先輩のように立ち転けで骨折したわけでもないし、幸いなことに相手も親切な人だった。でも事故だと色々なことも起こるだろう。
これを機にちゃんとバイクでもちゃんと任意保険に入っておこうと思った出来事だった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.08.20

セローが来た日

携帯メールが入った。「バイク、職場の方に持っていくから。」えっ!! そんなぁ。いきなり家まで乗って帰る自信ないぞぉ!!

メールの送り主は俺をテレマークスキーの世界に引きずり込んだ人達の中の一人。と言うより、バックカントリーに引きずり出した張本人。それまでもゲレンデで細々とテレの練習はしてはいたのだが、はじめて山に連れて行ってもらったのが彼だった。そのシーズンの内に御嶽山にも、立山にも連れて行ってもらうことになった。10歳以上年の離れた先輩。それから数シーズンは雪の季節になると毎週のように一緒にゲレンデや、近場の山に行っていたのだが、彼の仕事の部署が変わって休みが合わなくなってからは、年に数回しか会うことがなくなっていた。ちょうどそのころ二輪の免許を取って、セローで良く林道を走りに行っていると言う話は聞いていた。

このエントリー(『千里浜なぎさドライブウェイ』)にも書いているのだが、昔、俺もバイク乗りだった。十数年も前のことになる。でもそれだけ経っても、あの“風を感じながら走る”感覚が忘れられずに、いつかまたバイクに乗りたいとは思っていた。5年ほど前にも、流行り始めのビッグスクーターの購入を本気で考えてカタログ集めもしたのだが、その時はもう一つ踏ん切りが付かずにそのままになっていた。

さて、この間から度々話題に上らせている携帯電話。機種変更したのに伴い念願のアドレス変更もした。そのお知らせメールを彼にもしたのだが、その時に「セローの調子どうですか?」と付け加えたのがそもそもの発端。彼は排気量が250ccになった新しいセローを買いたいということで、お古のセローの買い手を探しているとのことだった。それならばと言うことで、俺がそれを引き取ることにした。いつも優柔不断な俺が割とあっさり買うことを決めてしまったのは、心の底にバイクに乗りたいという気持ちが強くあったからなんだろうか。

メールはその引き渡しについてのものだった。

バイクを引き取ることが決まって以来、また乗れるんだというワクワクする感覚が高まってきてはいたのだが、同時に10年以上もブランクがあって本当にちゃんと乗れるんだろうかという不安も湧き上がってきていた。職場から家の15kmですら運転出来るか不安だったのだ。だから、俺が家にいる夏の休暇の内のある日に、先方にお願いして自宅まで持って来てもらうことにした。

バイクを持ってきてもらった当日、バイク用品屋に着いてきてもらって、乗るのに必要なものを購入することにした。とりあえずはヘルメットとグラブ。

ヘルメットはちょうどセールで安くなっていたアライのTXモタードにした。手にとって、実際にかぶってみて10年間のブランクの間にヘルメットも随分進化したんだなあと言うのを実感した。フルフェースのバイザー付きメットなのにシールドが付いてる。アゴ紐に端の固定用スナップや緩めるためのタブが付いてたり。内装パッドはもちろん取り外し可能。ベンチレーションのダクトなんて一体いくつ付いてるんだ? 一番驚いたのはそのフィット感と軽さ。うーん、やっぱり十年一昔なんだな。ヘルメットですら…

十数年前は普通にキーを抜いておけば盗難になんか滅多に遭わなかったのに、今やU字錠は必携とのこと。あ〜、いやだ、いやだ。と言いつつも仕方ないのでこれも購入。

こうしてセロー225WE 2003年型(ブラック)は俺のものとなった。

PICT0093.JPG

さて、この新しい相棒は俺を一体どんな世界にいざなってくれるんだろう。

今回セローを買うにあたり「興味本位」のMATSUさんにメールで質問させてもらいました。ありがとうございました。また、グワンチェさんの「グワンチェ@ココログ:バイクは楽し」も参考にさせていただきました。

そう言えば今年は、ヤマハ発動機創立50周年で、セロー発売20周年にも当たるそうだ。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2005.07.10

未体験の四万十川

 下のエントリーにも出てきた「ガクシン」。先月号から、バイクでユーラシア大陸横断+アフリカ大陸縦断に挑戦する京大生(正確に言うと卒業したらしいが)の記事が連載されている。先月号は出発前の意気込みがインタビューの形で掲載されていたが、もう既に出発しているらしく今月号は現地からのレポートだった。その記事よるとブログも書いているとのことだったので早速見てみた。それが「イカ京旅日記」。う〜ん、バイクでそんなことをするようなヤツを“イカ京”と呼んでいいものなのか?

 そのブログの最初のエントリーが「四万十川カヌー下り」。なんでも、大陸横断用の新車バイクの試走で「途中で通った四万十川の美しさに正直度肝を抜かれ、また来ること決意」し、試走が終わった10日後には四万十川に向かったとのこと。四万十川がそのぐらいきれいだと言うこともあるんだろうが、なんという行動力なんだろう。これぐらいの行動力がないとユーラシア横断なんかは出来ないんだろうな。

 “日本最後の清流”と言われる四万十川。パドラーにとってあこがれの地だ。長い川なので区間を選べばホワイトウォーター・ダウンリバーも、のんびりツーリングも楽しめるらしい。「らしい」と言うのは俺がまだ一度も行ったことがないから。一度は行っておきたいものだ。

 今年の夏は四万十川っていう話もあったっけ?>つき部長

 四万十川でキャンプツーリングだとやっぱり鉄道利用なのかな。そうなるとファルトボートが必要? カヌーを始めたきっかけとして、ファルトボートでのキャンプツーリングをしたいと思ったと言うことがある。なのに、未だにファルトを持っていないって言うのはどういうこと?(^_^; う〜ん、でももう既に四艇あるのにこれ以上増やすのか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.13

千里浜なぎさドライブウェイ

先日のエントリーでも書いたように大渚山のツアーに行った。だが、翌日は生憎の雨だったので、ツアーを中止して早々に関西の方に引き上げることになった。せっかく時間があるのだからと、途中氷見のフィッシャーマンズワーフきときと寿司氷見本店に寄ることになった。

その後、まだ時間も早いので千里浜なぎさドライブウェイでもを走ってから帰ろうということになった。

もう何年前になるだろうか、この道をバイクで走ったのは…

Pict0024

俺はM1の秋に中型二輪の免許を取っていた。それから一年後、M2の秋に金沢で開かれる学会で生まれて初めて発表することになった。どうやっていこうと時刻表とにらめっこしていると、研究室の先輩に「そらバイクで行くべきやで」とそそのかされ、独りでバイクで行くことになった。愛車はXLX250。夏の志賀高原に続いて2回目のロングライド。

金沢までの道のりも大変だったし、初めての学会発表も満足いけるものだったとは到底思えないが、あまり印象に残っていない。なぜなら、その後の出来事の印象があまりにも強すぎたから。と言っても、一人でデパ地下の食堂で食った治部煮はうまかったし、金沢大に進学した大学のクラブの先輩に金沢市内を案内してもらったし、宿には「pg2_tomato」さんが乱入してくるし、と学会期間中にも色々な想い出はできたのだが。

学会最終日が午前中で終わった後、俺は能登半島一周のソロツーリングに出た。京都を出るときから風邪気味だったのだが、その日も調子はそんなに良くなかった。金沢市内から能登自動車道に入って、その日の内に千里浜なぎさドライブウェイを走った。秋の夕暮れだった。生憎の曇天で夕日は見えなかった。海岸線の砂浜を走るのは爽快ではあったが、その後の道のりのことを考えると、このドライブウェイもひとつのこなすべき一過程のようにしか感じられなくて、そんなに感慨はなく先を急いだ。

熱っぽい体にむち打ってバイクを走らせた。途中で見つけた宿泊案内に寄って宿を予約した。確か七尾の国民宿舎だった様に思う。風邪がひどくなるといけないので飯の後はすぐに布団に入った。熱っぽいぼーっとした頭で寝ながらテレビを見ていたのだが、「欽ちゃんの仮装大賞」やら「ランボー」をやってたような気がする。

早く寝たおかげで体は回復。熱も下がったようだ。道中、共同浴場の温泉があったので入ることに。昼間からこんなところに入りに来ているのは、地元のじいさんばかりだった。温泉に満足して外に出たところで地元のおばあちゃんに声をかけられたっけ。「温かい風呂に入れて良かったね。」って。その言葉がその後、身に染みて感じることになろうとは…

エンジンをかけるため、キックスターターを蹴り始めた頃には雨がポツリポツリと落ちてきた。台風が近づいてきていたのだ。結局それから雨は止むことはなかった。当時はまだ全くのインドア派だったのでゴアテックスなんて知るわけもなく(おそらく知っていても高価で買えなかっただろうが)、生協で買った通学用の安っぽいナイロンのカッパを羽織って走る。荷物の入ったボストンバッグは青いビニール袋に入れてキャリアにくくりつけた。海岸線の奇岩のそばや千枚田の中を通るが、雨の中停まってゆっくりする余裕はない。唯一停まったのは見附島(軍艦島)の辺りだった。秋の冷たい雨に打たれてながら走る。同じ曲が何度も何度も頭の中でリフレインしている。冷える体で輪島への道を急いだ。

輪島での宿はヤングインだったかユースインだったか、そんな名前のところだった。昼は喫茶店、夜はバーという感じの店の二階の安宿。ビジネスホテル風の部屋だが、テレビはロビー、なんて立派なものではなく入り口隣のちょっと広くなったスペースに一台あるのみ。もちろん風呂なんて期待できるはずもない。一階の店舗部分の奥にシャワー室があるのだが、ずっとシャワーからの湯をかぶっていても雨で冷え切った体は一向に暖まることはなかった。夕食は近所の旅館と契約してるらしくそちらの方で食べられた。ちょっと贅沢。俺の他には、その旅館の宿泊客なのだろう、老夫婦が一組のみ。静かな夕食だった。

夕食の後、雨が上がっていたので港の方へ出てみたが、海の方から強い風が吹いていた。台風はどんどん接近してきているらしい。輪島の古い町並みを歩いてみたが、時間が遅いためただ暗い夜道が続くだけだった。

翌朝、また雨が降っていた。昨日の夜と同じ旅館で、同じ老夫婦と一緒に朝食を取った後、朝市見物に出かけた。市は雨が降っていても活気があった。大勢の観光客も傘を手にしながら土産物を物色しているようだ。俺はと言うと、途中の和菓子屋で「ゆべし」を買い、大学のクラブの連中の土産としてナツメの実を買った。でもなぜナツメなんて買ったんだろう?前にクラブBOXに寄ったときに誰かがナツメを食べたことがあるか無いかっていう話をしてたんだっけ?
帰ってからBOXのテーブルにおいておいたナツメは、初めは物珍しさも手伝ってみんな食べていたようだが、あまりにも量が多かったんで放置したままになり結局は捨てたらしい。

朝市を見た後はすぐに能登半島を南下。どうしてもその日の夜に京都の大原に着かないと行けない用事があったのだ。途中、能登金剛の厳門を見に寄る。台風の雨の中、洞窟の奥に続く遊歩道を歩く観光客もおらず、その静まりかえった光景は少々恐怖感を抱かせるようなものだった。俺も結局洞窟は手間で見るだけにしておいた。 前々日通った千里浜のドライブウェイと併走する一般道。海岸と道の間が空き地になっており、何も隔てるものがない箇所がしばらく続いた。海からの強い風でバイクが横倒しになりそうになるのを、必死で体勢を立て直してながら走る。用事さえなければもう1日泊まって台風をやり過ごして帰るのだがそう言うわけにも行かない。ほんと泣きたいぐらいだった。

能登半島を抜け、松任をすぎる頃には雨がますますひどくなる。濡れた路面でブレーキの効きも悪くなってくる。交差点で止まるのも恐い。

そのまま下道で帰っていると、予定の時間には間に合いそうもない。仕方がないので金津インターから北陸道へ。できればバイクで雨の高速は走りたくなかった。しかも乗っているのはデュアルパーパス車。正面からの風圧をもろに受ける。今考えれば良くあんな無茶をしたものだ。

敦賀インターで降りて、朽木から大原に向かう。全然地理がわからずに思いつきで決めたルートだったが、今思うと割と良いルートだったんじゃないだろうか。だが、回りは既にもう暗い。両側が林になっている山道はその時間には自動車もほとんど通らない。自分のバイクのヘッドランプが無ければ全くの暗闇の世界だ。疲れた体にこの暗闇は堪える。心も疲れていた。本能にすり込まれた暗闇に対する恐怖感を何とか抑え込みながら、ワインディングする道を走った。

そのうち集落の明かりが見えるようになってきた。やっと心に余裕が出てくる。大原への道のりもあと少し。しばらく人家が両脇にある道を走ると程なく「大原の里」に着いて、台風の中のバイクの長旅は終わった。

Pict0026
今回、氷見の海鮮館で買ったホタルイカ

2005年4月の千里浜なぎさドライブウェイは曇り空だったが、思ったより開放感があって走っていて楽しかった。あの時のような悲壮感も義務感もなかったし、なんせ車でのドライブだったから。

帰り道あの横風に倒されそうになった道を通った。はっきり覚えていた。よほど辛かったんだろうな。

そうそう、その前の週は金沢の長流さんの家に泊めてもらって金沢観光もしてたんだった。そのレポートも書かなきゃな。

| | コメント (9) | トラックバック (1)